緊急避難的仮設ブログ
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文庫発売記念SS「蜜柑の早朝ドッキリ」
2018年11月12日 (月) | 編集 |
 まだ薄暗い午前四時。悪善寺の庫裏にある廊下の隅の大きな籠の中で、温かい毛布に包まって寝ていた茶色い柴犬の蜜柑は目を覚ました。ふと肌寒さを感じて隣へ擦り寄ったら、何の手応えもないままコロンと転がってしまったからだ。
 一緒に寝ていた猫の竹子さんがいない。そのことに子犬の蜜柑は不安を感じた。
「キュン」
 寂しさに甘えたような鳴き声が漏れる。耳のいい竹子さんになら蜜柑の声が聞こえている筈なのに、何の返事もない。そのことに不安が募って、蜜柑は恐る恐る籠から外へ出ることにした。
 竹子さんを探すのだ。そうして思う存分甘えよう。
「……………」
 寒い廊下をヨチヨチと進んで、竹子さんの匂いを探す。寝静まった庫裏に蜜柑の爪音だけがカチャカチャと響いた。フンフンと鼻を使って竹子さんの跡を探していた蜜柑は通りがかった部屋の襖が僅かに空いていることに気付いた。
 ここに竹子さんがいる。確信した蜜柑は隙間に鼻先を突っ込んで中へ突入した。
「キュン、キュンキュン」
 畳へ敷かれた布団に寝ているのは蜜柑の大好きなお兄ちゃん、梅田蓮華だ。悪善寺の副住職でもある蓮華は、静かな寝息を立てて熟睡している。ビシッと手足を真っ直ぐに伸ばしてピクリとも動かずに寝ている蓮華は寝顔まで整いすぎていて死人のようだ。
「キュン」
 お兄ちゃん、と声を掛けながら甘えて首元へ擦り寄った蜜柑は、いきなりガッと首を掴まれ布団の中へ引きずり込まれる。
「悪い子だな、俺と遊んで欲しいの?」
 ジタバタと藻掻く蜜柑を抱き込んで、なぜか色気ダダ漏れの声で囁かれた蜜柑は全身の毛が逆立つのを感じた。
「ふふふ、………今日は毛深い美女か」
 悪くないね、と掠れた声で言いながら蜜柑の背中をじっくりと撫でる手の怪しい動きに、アカンお兄ちゃん寝ぼけてる、と気付いた蜜柑は必死に藻掻いて布団から抜け出す。
 いたいけな子犬でも、蓮華から何かよからぬ気配を感じたのだ。
「キュン」
 慌てて危機から逃げ出した蜜柑は、再び竹子さんの跡を追うことにした。竹子さんにお兄ちゃんのことを話して叱って貰おう、苦しかった、などと思いながら廊下を進むと木の引き戸があった。
「……………」
 引き戸はピッタリと閉まっていて、竹子さんの匂いもしない。ここに竹子さんが来た形跡はなかったが蜜柑は悩んだ。
 竹子さんはいないが、蜜柑の弟分はいる。ここで寝てもいいのではないか、と。
「…………キュン」
 だがしかし、ここは竹子さんに立ち入ってはいけないと言われている場所だ。蜜柑の弟分であり、悪善寺の僧侶見習いでもある松山三信は勝手に入っても怒ったりしない。マツ、と上から目線で蜜柑は呼んでいるが、三信は嬉しそうにしている。マツのバカ、
と蜜柑が怒っても嬉しそうに撫で回して、どうした蜜柑、などとお兄ちゃんぶって蜜柑を構い倒すのが三信だ。犬語のわからない三信は、蜜柑に馬鹿にされていることにさえ気付いていないのだが、そんなことは蜜柑には関係ない。
 三信は勝手に入っても怒らないが、部屋は怒るから問題なのだ。
「……………」
蜜柑は小さなオツムでじっと考えた。柴犬は賢いとお兄ちゃんが言っていたので蜜柑は賢いはずだ。だから、うんと考えれば部屋を怒らせずに中に入れるだろう。
 引き戸を開けようとした途端、大きなサイレンが鳴って怖いことにならないように。
「…………キュン」
 考えたがわからなかった。前に竹子さんが勝手に中へ入って遊び倒してメチャクチャにしてやったという武勇伝を語っていたが、蜜柑には出来そうもない。
 仕方がない、マツまた後でな、と尻尾を振って廊下を曲がる。
「……………」
 突き当たりの部屋の襖は隙間が空いて、ちゃんと竹子さんの匂いがした。尻尾をフリフリしながらヨチヨチと進んだ蜜柑は、襖の隙間に顔を突っ込んで中へ忍び込む。
 畳に敷かれた大きな布団には、大好きな竹子さんとお父さんが眠っていた。
「キャン」
 お父さん、と甘えて呼びかけるのは悪善寺の住職である小春是空、いわゆる常吉だ。通称ツネさんと呼ばれる是空は、大の字になって布団を蹴飛ばし気味に寝ている。その首元に丸まって寝ていた竹子さんは、蜜柑が擦り寄ると目だけを開けて興味なさそうに蜜柑を見た。竹子さんはクールな猫なのだ。
「キュン」
 竹子さん、と甘ったれた小さな声で呼んだ蜜柑に、けれど竹子さんは青く澄んだ瞳を光らせて「さっさと寝な、クソガキ」と言ったような気がしたが蜜柑は気にしない。
 寂しかった寒かった竹子さんなんで置いてけぼりにしたの、と盛大に甘えるだけだ。
「………みかん」
 掠れた声で呼ばれて、蜜柑は是空に擦り寄る。さっき寝てたら一人になっててね、と訴える蜜柑に、是空はポンポンと背中を叩いて胸元へ抱えてくれる。
「おまえら、ふすま……開けっぱなし……」
 掠れた声で何か言っているが、蜜柑も温かくなって眠くなってきたので気にしない。竹子さんは戸を開けることは出来るが、閉めるということはしないので是空の部屋の襖は微妙に開いたまま冷たい風が吹き込んでいる。
 それでも胸へ抱っこされた蜜柑は温かいし、竹子さんも擦り寄ってきたので十分だ。
「……………」
 お父さんと、竹子さんと、蜜柑。みんなで温かくなって眠ってからどれくらい経っただろう。幸せな眠りは、唐突に打ち破られた。
「起床ーッ!」
 チリンチリンチリンッ、と大きな音を立てて持鈴を打ち鳴らしながら廊下を疾走するのは起床係の蓮華だ。
 その騒音に是空は蜜柑を抱えたまま飛び起き、竹子さんは迷惑そうに布団へ潜り込む。
「…………おはよう蜜柑」
 そっと竹子さんを撫でてから部屋を出た是空は、寒い朝の廊下へビシッと立った。
「号令! 一号室、点呼!」
 浴衣姿のままの蓮華が、警策を片手にビシッと是空を指す。警策とは座禅を組む時に和尚が持っているバチンとやる棒のようなものだ。
「一号室、小春是空、蜜柑、竹子さん、在室!」
 ビシッとしたまま答える是空に、蜜柑も小さな声で「キャン」と鳴いた。
「竹子さんは部屋だ、………次、二号室!」
 ビシッと指さしをする是空に蓮華もビシッと気を付けの体勢になって答える。
「二号室、梅田蓮華、在室!」
 答えてから、蓮華と是空は廊下の奥へ視線を投げた。
「三号室がいねぇな」
 訝しげな表情をする是空に、蓮華の目がキラリと光る。
「三号室、今より非常点検を行います!」
 キュキュッと足音を立てて方向転換した蓮華に続いて是空と蜜柑も廊下を進む。一糸乱れぬ列はお寺の作法というよりは、是空と蓮華に染み付いた刑務所での規律だろう。
「よし、蜜柑お仕事だ」
 いいか、という是空の言葉に蜜柑はキャンと鳴く。蜜柑は小さな子犬だが、お仕事という言葉は大好きだ。まだ赤ちゃんに近い子犬であっても、犬としての気概がある。
「あの部屋の引き戸を引く、その途端に警報がなる。すると俺と蓮華は罠に掛かる」
 だがおまえは、隙間を縫って中へ突入しろ。という言葉に蜜柑は威勢良く鳴いた。
「いや、ツネさん俺は罠には掛からないよ」
 華麗に避けて寝坊した新人をタコ殴りにしないとね、と麗しい笑顔で笑う蓮華は手にした警策をブンブンとバットのように振っている。
「…………蓮華がマツを殺す前に、蜜柑が頑張るんだぞ」
 一抹の猶予もないと蓮華の笑顔から読み取った是空は祈るような表情で蜜柑を見た。
「キャン!」
 わかった、と頷いた蜜柑はだがしかし赤ちゃんなので何もわかっていない。
「蜜柑………俺の可愛い子」
 わかっていないが、そのキラキラとした丸い瞳は荒ぶる蓮華の心を一瞬にして穏やかにする効果があったらしい。
「よし、マツを起こすぞ」
 怪我がないように蜜柑を抱っこして是空は蓮華に指示を出す。蓮華は頷いて、三号室の引き戸の隙間へ警策の先をねじ込み、素早く横へ払った。
 ファンファンファンファンと途端に鳴り出すサイレンに是空の眉間へ皺が寄る。
「マツ、出てこい!」
 けたたましいサイレンの鳴る中、勇者蓮華が三号室の中へ飛び込む。
「蓮華!」
 ガシャンと勢いよく落ちてきた檻に、一瞬にして蓮華は捕らわれてしまった。
「ツネさん………この部屋、また改造されてたよ」
 俺はここまでらしい、と肩を落とす蓮華に「おまえの骨は拾ってやる」と言いながら是空は蓮華の落とした警策を拾い上げた。
「蜜柑、おまえはあの檻を避けてベッドでグーグー寝ているマツに噛み付け」
 いいな、という言葉にキャンと鳴く蜜柑は返事のよさが売りの子犬だ。まかせて、というように尻尾をフリフリして蜜柑はヨチヨチと進む。
「あ」
 蜜柑はそのまま蓮華のいる檻の中へ入って、来たよ、と尻尾を振った。やっぱり何もわかってなかったか、と肩を落とした蓮華と是空は、だがしかし癒やされてしまった。
「蜜柑ちゃん、お兄ちゃんのとこに来たかったの、そうでちゅかそうでちゅか」
 蓮華は一瞬にして骨抜きにされ、蜜柑にキスしながらデレデレになっている。
「蜜柑、蓮華はおじさんだ、お父さんのほうがいいぞ、こっちに来い」
 檻の隙間から手を突っ込む是空は任務の遂行をすぐに忘れる男だった。
「誰がおじさんだよ、俺がおじさんならツネさんなんかおじいさんじゃん」
 八つも年上のくせに、と文句を言う蓮華に、おまえに蜜柑まで奪われてたまるか、と息巻く是空は竹子さんに「俺にはおまえだけだ」と熱く語ったことなど忘れている。
「ツネさんには竹子さんがいるだろ、俺には可愛い可愛い蜜柑ちゃんしかいないんだ」
 横取りしないでよね、という蓮華は歩くだけで女が落ちるという美貌を歪ませて不満タラタラだ。猫の竹子さんに、その美貌が通じたことは一度もないからである。
 鳴り響くサイレンの中、檻を挟んでいがみ合っている二人は当初の目的を忘れている。
「ん? なに……? 何これ、ちょっ、ツネさん梅さん暴れないで! 檻が壊れる!」
 三号室の住人、松山三信は騒音の中いきなりの修羅場に飛び起きる羽目になった。

修正完了!少しでも楽しんでいただけますように☆ 
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2015.12.30発行/ある日の「湯たんぽを巡る人々」
2017年08月10日 (木) | 編集 |
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2016.12.30発行/ある日の「ネコハブに狙われた男」
2017年08月10日 (木) | 編集 |
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お年玉(笑)。
2015年12月31日 (木) | 編集 |
「秘密」


 六条成湫は苦悩していた。今までにも幸せ過ぎて怖いとか、これ以上の幸福を味わったら倍以上の不幸が襲ってくるんじゃないかとか、こんな幸せを噛み締めていていいのかとか、とにかく幸せ過ぎてどうしようと本気で苦悩していたが、今回は本物の苦悩を抱えて悩み苦しんでいるのだ。
 それはたとえば、こんな寒い日の朝のことだ。
「………ユキ?」
 大切な恋人がリビングの床に寝そべっているのを発見し、どうしたのかと成湫は声を掛ける。リビングの床暖房は温かく、そのまま寝そべっていても大切な人が寒い思いをすることはない。
 だから成湫は、ほんの軽い気持ちで声を掛けるのだ。
「そんなところで何をしてるんですか?」
 どうしてそんなところで寝そべっているのか、という些細な疑問に、けれど声を掛けられた恋人である橘行弘はビクッと背中を戦かせ、「なんでもない!」と言うなりササササッと逃げるように寝室へ駆け込んでしまう。
 成湫に背中を向けたまま、明らかに不審な態度で。
「ユキ………まさか、俺に愛想を……?」
 その後ろ姿に衝撃を受け、恋人を追い掛けることも出来ずに成湫は立ち尽くす。頭の中を巡るのは最悪な想像だけだ。
「あー、なんか腹が減ったな、そうだ、アレにしよう、うん、大河原警部に貰ったどら焼き」
 おまえも食べるだろ、と明らかに何かを誤魔化すように素早くどら焼きを取り出す行弘の髪はボサボサになっている。さっきまではツヤツヤの乱れもない髪だったのに、寝室から出てきた途端に乱れている髪に成湫は動揺を隠せない。
「ほら、六条もこっち来いよ、一緒に食おうぜ」
 冬だけリビングに設置されるコタツに座って行弘が笑顔で呼ぶ。ポンポンと隣へ促すように床を叩かれたら、もう成湫は「お茶でも煎れますね」と笑顔で言うしかない。
 さっきは何をしてたんですか、という言葉をグッと呑み込むしかないのだ。
「あの人は、………何かを隠してる」
 そんな行弘の不審な行動を何度か目撃してしまった成湫は今、苦悩のどん底にいた。そして、その度に尋けない疑問が積み重なって成湫の苦悩をどんどん深くしていく。
 行弘は真面目で、誠実で、隠しごとなど出来るような人ではない。なのに、何かを隠しているのだ。
「………俺は捨てられるのか」
 この二週間、目撃した行弘の行動を振り返って、成湫は静かに絶望していた。隠し事の出来ない人が、あえて隠し事をしているということは、それを明らかにされた時に自分は捨てられるのだと結論付けたからだ。
「ユキ………」
 最初は、みっともなく泣いて縋ろうと思った。その次は、笑ってさよならを言おうと思った。その次はいっそあの人を殺して……と考えかけて思い直し、三日前、澄み切った気持ちで尽くして尽くして死んでいこうと心に決めた。
 捨てられた時は自分が死ねばいいのだ。そう思えば、最後まで行弘の役に立てるように頑張れる気がした。
「六条、ちょっといいか」
 そして今、とうとうその時が来たと成湫は悟る。ちょっと緊張したような表情、自分を見つめる真っ直ぐな視線。乱暴に手招きするその指先すら愛しくて切なくなる。それでも、成湫は逆らったりしない。泣いてしまうかもしれないけれど、ちゃんと現実を受け入れて行弘に笑顔で頷いてあげると決めているからだ。
「ユキの言う通りにします」
 だから、なんでも言ってください。そう真剣な表情で言った成湫に、行弘は破顔する。
「じゃあおまえ、そこで立っててくれ」
 ちょっと、こう足を開いて、と言われて困惑しながらも成湫は言われた通り従う。
「………これでいいですか?」
 意味がわからないままリビングの真ん中で足を開いて仁王立ちし、緊張している成湫の前で行弘はいつか見たのと同じ格好でリビングの床へ俯せに寝そべる。
「あの、ユキ」
 言い掛けた成湫に、シッと指を立てて黙るよう指示する行弘に口を閉じて、困惑するまま立ち尽くす。ふと見ると行弘はダボダボのセーターを着ていて、それが二週間前に捨てようとソファの上に置いた自分のものだと気付いた。
「よし、ニャオ来い!」
 そう行弘が言った途端、どこにいたのか黒猫が素早くリビングに駆け込んで来て、そのまま成湫の足の間を通り過ぎる。
「!」
 シュババババッと猛スピードで走り抜けた黒猫は、あっという間に行弘とセーターの隙間に滑り込んだ。
「……………」
 唖然と立ち尽くす成湫をよそに、セーターの中へ抱き込んだ黒猫に頬擦りをして行弘は満面の笑顔で笑っている。
「どうだ六条、ニャオと特訓してたんだぜ」
 正月って言えば隠し芸だよな、と屈託のない笑顔で振り返った行弘に、成湫は安堵でヘナヘナと床へ崩れながら涙した。
「六条? どうした、なんで泣いてるんだ?」
 そんな成湫に、黒猫を抱いたまま行弘が慌てて駆け寄ってくれる。その優しさと温もりを感じて、成湫は本当に自分は心からバカだと実感した。
「六条? あ、もしかしておまえもやりたいのか? おまえに大きすぎるセーターなんかあったかな?」
 オロオロしながら聞いてくれる行弘に首を振って、そのまま抱きしめると、成湫はホッと息を吐く。
「幸せを」
 そうして成湫は絞り出すような声で行弘に告げるのだ。
「幸せを、噛み締めているだけです………ありがとう」
 自分はなんて幸福でバカな男なんだろうと笑ってしまいながら。
「なんかわかんないけど、喜んでくれてよかったな」
 なぁニャオ、と微笑う行弘にキスをして成湫は幸せを噛み締め直した。

happyhappy new year!!

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします


ある日の「イイヨ!」な人々
2013年11月04日 (月) | 編集 |
◇幸せな二人の場合◇
 雨が降ったり止んだり晴れてみたり。そんな中途半端な天候の連休最終日。
「ユキ、今日11月4日は何の日か知ってますか?」
 ソファへ腰掛けた恋人の身体を抱き寄せながら、六条成湫は甘い声で問い掛けた。
「今日? 楽天の優勝セールが始まる日か?」
 ニャオのオモチャ買ってやらないと、と閃いてしまったのは抱き寄せられた非番の警部補、橘行弘だ。
「いいえユキ、今日は一年で一番寛大な心になれる日」
 イイヨ!の日です、と成湫はグッと親指をサムズアップする。「いいよの日?」
 なんだそれ、と首を傾げる行弘は不思議そうではありながらも興味を抱いたようだ。
「そう、どんなお願いや我儘にも笑顔でイイヨ!と」
 答えることで世界の幸福度が上がるという素晴らしい日です。
そんな成湫の説明を、素直に信じるのは行弘だけだ。
「なるほど、いいよって言って貰えたら誰でも嬉しいよな」
 納得したのか、膝に載せた猫に「ニャオもいいよって言ってくれるか?」と楽しそうに尋ねている。
「じゃあユキ、俺の我儘にイイヨ!って言ってくださいね」
 イイヨ以外は禁止だよ、と甘えたように頬を擦り寄せてくる成湫に笑って行弘は「いいよ!」と親指を立ててやった。
「まず、俺のことギュッと抱きしめて頬にキスしてください」
 囁くような声に一瞬躊躇って、それから行弘は「いいよ」と答える。ギュッと抱きしめてキスしたら成湫は酷く嬉しそうに微笑って行弘の頬へキスを返した。
「じゃあ、次はおでこにキスして………次は顎、笑わないで」
 お願いされるままに「いいよ」と返して、幸せそうな恋人の表情に行弘は笑ってしまう。
 まるで、幸せそうな黒猫みたいに見えるからだ。
「唇にも………ダメだよ、ユキったら笑ってばっかり」
 行弘が唇を押し当てる度に、成湫は返事をするみたいに同じ仕種でキスを返す。二人して笑いながら、いいよの応酬だ。
「お日様が出てる時間だけど…………ベッド、行こうよ」
 いいよ、という答えが返されるのがわかっていて、甘い声で告げる成湫は狡い。
 それ以外の答えを言わせないようにキスばかりするからだ。
「六条、…………今日はいいよの日だろ?」
 そんな我儘な唇を指で摘んで、行弘は飛びきり格好いい表情で成湫を睨んでやる。
「早く、おまえを全部俺に寄こせ」 返事は、と囁く声に成湫が返す言葉は一つしかない。いいよという甘い声は、重ねられた吐息に掠れてしまった。


◆幸せ?な二人の場合◆
 相手の我儘や要求を受け入れ、誰もが笑顔になることにより世界の幸福度が上がるという11月4日、イイヨ!の日。
 深夜近くになって隠しエレベーターからマンションの五階を訪れたのは、大家であり部屋主の恋人でもある黒坂乙彦だった。
「啓介、啓介、……………啓介、起きてください」
 ぐっすりと眠っていた恋人を情け容赦なく揺さぶり起こし、何の遠慮もなくベッドへ腰掛けた乙彦は不機嫌だった。
「乙彦…………どうした、何かあったのか?」
 寝起きの掠れた声で尋ねて、無意識にか本能的にか乙彦の手を引いてベッドへ招き入れようとするのは苅谷啓介だ。
「許可なく触らないでください、図々しい」
 ビシッと啓介の手をはね除けて乙彦は高らかに宣言する。
「俺は今機嫌が悪い、俺の幸福度を上げてください」
 今日はイイヨの日だ、イイヨ以外の返事は受け付けない、と言い放った乙彦に、啓介は仕方がないなと苦笑して頷いた。
 機嫌が悪い乙彦が自分に甘えているのかと思ったのだ。
「では、この白紙委任状に署名と捺印をお願いします」
 サッと差し出された書類とペンに、断ろうとした瞬間最高潮に機嫌が悪い乙彦が無言でプレッシャーを掛けてくる。
「う、いや、その………………………イイヨ」
 言った途端ペンを握らされ、印鑑の代わりに拇印をキッチリ押させられて親指が朱肉の赤に染められた。
「次、このブラックカード貰っていいですか、いいですよね」
 恐ろしく据わった目でジーッと見つめられて啓介は小さく、消え入るような声で「イイヨ」と呟いた。
「じゃあ次、俺のために大声で歌いながら成湫さんの部屋から猫ちゃんを誘拐してきてください」
 今日はあの子がいないと眠れない、と寂しそうな調子で言い出した辺りで啓介はようやく乙彦の異変に気付いた。
「乙彦…………おまえ、まさか酔ってるのか?」
 まさかと思いながら尋ねた啓介に、「イイヨ以外は受け付けません、黒猫万歳!」と叫んで乙彦はバタリと倒れてしまう。
「お、乙彦? 乙彦…………俺と結婚してくれ!」
 そんな啓介の一世一代の告白に、イイヨ、という声が乙彦の唇から返されることはなかった。


☆おまけ☆
「ニャオ、今日は全部イイヨって答えろよ、幸せになれる」
 行弘は笑顔で最愛の黒猫を抱きしめた。
「ニャオ、抱っこ」
「ニャオ、チューは?」
「ニャオ、昼寝しような」
「ニャオ、あ~んは?」
 そんな行弘と黒猫の蜜月は唐突に終わりを告げる。
「ニャオ、俺と風呂に……………逃げやがった!」
 成湫は黒猫の風呂嫌いに心から感謝したという。

イイヨ!で世界をハッピーに☆happy Jgarden.



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