緊急避難的仮設ブログ
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ある日の「モーニングな人々」
2006年08月12日 (土) | 編集 |
 それは今から数年前、まだ六条成湫が純粋な気持ちで想い人を陰ながら執拗に見守っていた頃のことである。
 片想いの橘行弘は、出向によって岐阜県の某所で暮らしていた。
「ここが噂の柳ヶ瀬か」
 駅から出て、成湫はサングラス越しに辺りを眺める。感慨深げに目を細めるのは、成湫の愛しい人が暮らしている街だからだ。
「気を付けてください成湫さん、俺たちは余所者ですから」
 あまり目立たないようにしましょう、と警戒するように視線を走らせるのは黒坂乙彦。後に謎の大家さんと呼ばれる男である。
「ああ、岐阜と言えば親分が子分達からクーデターを起こされたっていう日本ヤクザ史に残る上も下もない街だからな」
 並の常識は通じない土地だ、気を引き締めて行こう、と成湫も常になく慎重な様子を見せて頷く。
「ちょっと見りゃ~でぇらぁ男前がおるがね!」
 そんな二人は、すでに黙って立っているだけで目立ちまくっていることに気付いていなかった。
「………何か見られているような気がするのは気のせいか?」
 不快そうに眉を寄せる成湫は、その表情が商店街を行く女性をうっとりさせていることに気付いていない。
「大丈夫ですよ成湫さん、俺がお守りしますから」
 スッと成湫の腕を引き寄せて、乙彦は素早く商店街を進む。
「服を着替えましょう、どうやら悪目立ちしているようです」
 眼鏡屋へ入り、サングラスからビジネス用の眼鏡へ変える。
「こんな普通の商店街なのにスーツの生地だけはいいな」
 続いて飛び込んだ紳士服店で地味なスーツに着替えた二人は、そのまま帽子屋で目立たない帽子を選んでいた。
「紳士物服地の本場だそうですから」
 無造作に選んだボルサリーノ・ハットを被って見せる成湫に、乙彦は笑顔で頷く。
「成湫さんは何を着せても似合うな、とても素敵ですよ」
 それよりもこれを、これよりもこっちのほうが、と本気で選び始めた乙彦に、成湫は眉間に皺を寄せた。
「目立たないための帽子で目立ってどうする」
 一喝する成湫に、しょんぼりと帽子を戻すと乙彦は当初の目的に従ってボルサリーノ・ハットだけを購入する。
「でら男前の客だったな~歩いとるだけででら目立っとるし」
 そんな帽子店の店主の呟きを無視して、新聞片手に商店街の隅でスタンバイする二人の意識は一点に向けられていた。
「十二時十五分か、……そろそろだな」
 腕時計へ視線を落として、呟いた瞬間、二人は息を詰める。
「……………」
 商店街の向こうから、のんびりと歩いてくるのは成湫の大切な人、橘行弘だ。まだ話したことは一度しかないが、ずっと見守り続けている相手である。
「どうやら喫茶店へ入るようですね」
 もうカレー漬けの生活はやめたんでしょうか、という乙彦の声に答えることなく、成湫はさり気なく行弘の後を追って店へ入る。ターゲットの行動から、急ぎすぎず遅すぎずが尾行の基本だ。
「コーヒーを」
 二つ、と注文して素っ気なく店の人間を追い払う。行弘と同じものを頼みたいが、何を注文したのかわからない以上仕方がない。
「見ろ乙彦、おしぼりで手を拭いてる………可愛いな」
 観葉植物の向こうに見える行弘の横顔に成湫は笑みを深くする。
「サラダを頬張ってるぞ、………今日のユキはウサギみたいだ」
 念のため立てた新聞の隙間からこっそり行弘を覗く成湫の姿に、乙彦は何かを言いかけて諦め、それから曖昧な笑顔で微笑んだ。
「お待たせしました~コーヒーです」
 ふいに、そんな覗きの邪魔をするように現れた店員に、二人は怪訝な表情を浮かべた。
「こんなの頼んでませんよ、頼んだのはコーヒーだけです」
 成湫の睨みに、乙彦が店員にオーダーミスを指摘する。
「えっからえっから、モーニングだで全部付いとるでよ~」
 何やら笑顔で言って去って行った店員に、意味はわからないが下手に騒いで目立つのはよくないと判断し二人は黙り込む。
「乙彦、もしかしてこれは………!」
 ふいに顔色を変えた成湫に、乙彦も瞬時に表情を引き締める。
「ユキが食べているのと同じメニューじゃないか?」
 喜色満面で尋ねる成湫に、乙彦は初めて店内の客のほとんどが同じものを注文していることに気付いて眉を顰めた。
「成湫さん…………トーストの上に、あんこが」
 そして、自分の目の前にあるメニューの不思議な取り合わせに気付いてしまった二人は一瞬動きを止める。
「なんてとりとめのないメニューなんだ…………」
 サラダ、茶碗蒸し、スパゲティ、ゆで卵、あんこが上に乗ったバタートースト、きんぴらゴボウ、コロッケ、そしてコーヒー。
「まだ安心してはいけません、成湫さん、ここにこんなものが」
 そう言って乙彦が指さしたのは、メニューの陰に置かれていたヤクルトと味ごのみ。そして小さな、ごく小さなドラ焼きである。
「………………ユキと同じメニューだ、ユキと」
 食べるぞ、と深刻な表情で言った成湫に乙彦も重々しく頷く。
「成湫さん、あんこが………茶碗蒸しと口の中で奇跡の融合を」
 何か言っている乙彦を無視して、成湫は新聞の隙間から行弘の横顔を見つめたまま、あんこバタートーストを口にする。
「…………………」
 何度か無言で咀嚼して眉を顰め、それから徐に水を飲み干すと残りを乙彦の皿へ押し付ける。
「ユキと同じメニューだ、感謝してありがたく頂戴しろ」
 残すなよ、という無理難題に、それでも乙彦は頷くしかない。
「小さいドラ焼きなんか食べてる、…………似合うな」
 何がだ、と突っ込みたくなる感想を垂れ流しながらコーヒーを優雅に啜る成湫を尻目に、乙彦はきんぴらゴボウとあんこの夢のコラボを遂げたトーストと闘っていた。
「動くな乙彦、そのままおまえは顔を上げてはいけない」
 ふいに緊張を帯びた成湫の声に、言われるまま動きを止める。
何事かと殺気を纏った乙彦は、次の瞬間、思い切り脱力した。
「ユキがヤクルトを…………ちゅーちゅーしている」
 グッと新聞紙を握りしめて、行弘がヤクルトを飲む様子を凝視しているらしい成湫は、どこか遠い人のようだ。
「…………頼むから興奮しないでください」
 どうやら味ごのみは食べずに持って帰るらしい、というところまでじっくりと観察した成湫は満足げに笑みを浮かべる。
「…………………」
 それから、食事を終えた行弘がゆったりと煙草を吸う姿を目を細めて見つめながら成湫も同じ煙草を銜える。
 すぐに差し出される火に、香る煙は行弘と同じものだ。
「乙彦、後でこの店の店主に話を付けろ」
 今後ヤクルトの提供は禁止だ、と真面目な顔で言った成湫に、その理由を尋ねたくない乙彦は神妙な表情で頷いた。
「ユキのお気に入りの店らしいからな、手荒な真似はするな」
 煙草を消して立ち上がった行弘が、自分たちのテーブルの横を通り過ぎて行くのを気配だけで辿って成湫は長く息を吐く。
「…………俺たちも出ましょうか」
 そうして、一方的に行弘と同じ空間でのランチタイムを終えた成湫たちは喫茶店を後にした。
「は? モーニング? 今は昼ですよ、……関係ない? うちは一日中モーニングだ? コーヒー代とモーニング代は同じ?」
 店から出る際、会計のところで不思議なやり取りはあったが、目立ちたくない成湫と乙彦は揉めることもなく安すぎる不思議なモーニングセットの代金を支払った。
「ランチタイムもモーニングか…………岐阜は奥が深いな」
 さすが受刑者だったヤクザの組長が刑務所の所長室で跡継ぎを仕込んだ街だと感慨深げに首を傾げる成湫に、乙彦も頷く。
「あんこと茶碗蒸しを一緒に食べたのは初めてです」
 しかも主食はあんこの方なんですよ、という乙彦はまだあんこの衝撃から離れられないらしい。
「ユキは毎日、あんな可愛いものを食べてるんだな………小さいドラ焼きを食べてるユキを見たか?」
 乙彦の話を全く聞いてない成湫に、見たと言うべきか、無難に見なかったと言うべきか悩まなくてはならない乙彦は苦労人だ。見たと言えば勝手に見るなと嫉妬でキレられ、見なかったと言えば注意力散漫だ、何かあったらどうすると罵られるからである。
「とりあえず、夕食もご一緒できるといいですね」
 大体の店のアタリは付けてあります、と微笑む乙彦に、成湫も満足げに頷いて見せた。
 そして、そんなランチから数時間後。
「こんな時間まであの人を働かせるとは、岐阜県警も偉くなったもんだな」
 法定通りの八時間勤務を終えて県警本部を出た行弘は、陰から誰かが見守っていることも知らずに、う~んと大きく伸びをする。
「………ユキ、猫みたい」
 可愛いと双眼鏡片手にうっとりするのは、銀縁の眼鏡を掛けたサラリーマン風の男を装った成湫だ。夕暮れを過ぎて悪くなった視界に帽子を脱いだ成湫は、双眼鏡から手を離さない。
「成湫さん、そろそろ移動しましょう」
 見失ったら厄介です、と促す乙彦に押されるまま歩き出す。
「………成湫さん、そろそろ双眼鏡は手放しましょう」
 すぐに生で見られます、という乙彦に渋々双眼鏡を外した。
「あの店は?」
 軽い足取りで行弘が入って行ったのは間口の広い店だ。
「味噌カツ屋のようです、広い店ですから大丈夫でしょう」
 ここなら一緒に夕食を楽しめますよ、と笑顔で答えた乙彦に、成湫も少し安心したように頷いた。
「ん~、じゃあ、この梅しそ味噌カツ定食で」
 店内へ入った途端、聞こえた声に、思わず動きを止めた成湫をさり気なく押して行弘の死角になる位置へ腰を下ろす。
「…………梅しそ味噌カツ定食を二つ」
 メニューを見るまでもなく、頼むのはあの人と同じものだ。
「ラッキーでしたね」
 タイミングがよかったと微笑む乙彦に、答えることなく成湫は手にした中日新聞を開く。新聞の隙間からガン見するのは綺麗に背を伸ばした行弘の後ろ姿だ。
 こっちを向けばいいのに、なんて矛盾しているだろうか。
「お待たせしました~、梅しそのモーニングです」
 じっと行弘の背中を見つめていた成湫は、現れた店員の言葉に思わず声を上げた。
「モーニング?」
 しかしその言葉に答えはなく、笑顔で去って行く店員に慌てて自分の前へ置かれたものと行弘のテーブルを見比べる。
「どういうことだ? いつの間に定食がモーニングになった?」
 行弘の頼んだものと、自分の頼んだものが同じものだとわかり、問題はないが釈然とはしない。
「………どうやら何を頼んでもモーニングになるようですね」
 セット=モーニング、というような定義があるのではないかと言う乙彦に、納得はしないものの成湫も箸を取る。
「乙彦、…………また小さいドラ焼きとヤクルトが」
 そして、また不思議な取り合わせに二人は首を傾げるのだった。

happy end.
岐阜はでぇら~ええ街だよ~(笑)。
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