緊急避難的仮設ブログ
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2010年08月15日 (日) | 編集 |
 その日、橘行弘は部下と共に街を歩いていた。署へ戻る途中、立ち寄ったのは行きつけのカレー屋「黒猫カレー」である。
「やっぱり夏はカレー食って体力付けないとな」
 カウンターに腰掛けるなり「黒猫セット」と注文する行弘とは裏腹に部下の千葉直行はメニューを前に考え込んでいる。
「いちいち悩むなよ、おまえも黒猫でいいだろ?」
 黒猫セットは早いし安いしデザートまで付いてお得感満載だと言う行弘は基本的に早ければ何でもいい男だ。カレーが好きなのも味自体が好きというよりも早くて美味しくてお腹が一杯になる、という点が魅力的だからと言えるだろう。
「悩みますよ、橘さんのオゴリなんだから贅沢しないと!」
 悩んでいる千葉は上司の奢りで食べるならメニューを吟味するらしい。無料、タダ、奢りという言葉が何よりも好きな男なのである。
「おまえ、最強のカレー理論を知らないのか?」
 パスタメニューで悩んでいる千葉を見て行弘は肩を竦めた。
「いいか千葉、カレーに勝る顧客誘導メニューはない」
 たとえばうどん屋の入り口で誰かがカレーうどんを食べている。すると、店に入ってきた店の8割がカレーうどんを注文し、残り1割がカレーにすればよかったと思い、残りの1割は注文しなかったカレーに思いを馳せるという。そう、カレー屋でカレーを注文しないのはカレーが注文できない諸事情がある者だけなのだ。
「だから素直にカレーを注文するのが一番合理的なんだ」
 そう言って満足げに頷く行弘はカレー理論をいつ完成させたのだろう。行弘がカレーを食べまくっているのは単に好きだからのような気がする、と思いながら千葉は白黒セットを注文した。
「そういえば橘さん、警部の噂聞きました?」
 実はシークレットブーツ疑惑が、と千葉が声を潜めた瞬間。
「このクソガキが! このスーツどう責任取ってくれる!?」
 ガシャン、と派手な物音と共に店内には男の怒鳴り声が響いた。
「ああ? すみませんじゃねんだよ、どうすんだってんだ!」
 声を強めたり弱めたり、小学生らしき少年を怒鳴る男は慣れた様子で恫喝じみたやり取りを交わしている。泣き出した子供の横で父親らしき男性は真っ青になって震えていた。
「ガキのしたことは親が責任取るのがスジだよな? あ?」
 チンピラそのままの柄の悪い口調で、「誠意を見せろ」と男が言った瞬間、行弘は少年を背に庇うように男の正面へ立った。
「あ? なんだおまえら、関係ないヤツは引っ込んでろ!」
 突然出てきた行弘に噛み付く矛先を変えた男は、けれど怯みもせずに睨み返してきた行弘にビシリと固まった。
「警察だ、文句があるなら署へ行って話を聞こうか」
 千葉、と短く声を掛けて連れて行けと指示するように顎を軽くしゃくって見せる。パタンと閉じた身分証明書に慌てる男を逃げられないように拘束して千葉は店外へ引っ張って行った。
「怖かっただろ、もう大丈夫だからな」
 驚きに固まっている子供の頭を撫でて、呆然としている子供の親らしき男性に名刺を渡す。
「被害届を出していただきたいので、署までご足労願えますか」
 そう言って、スプーンを振り回していてカレーを男の服に引っかけてしまったという少年を慰めるように頭をグリグリ撫でた。
「は、はい…っ、刑事さんありがとうございましたっ!」
 真っ赤になって感激したように行弘を見上げる少年は憧れの人を見るような眼差しになっている。
「お騒がせしました、お勘定お願いします」
 そして、注文しただけで結局食べなかったカレーの代金を払うと行弘は少年と共に颯爽と店を後にした。
 背中でワッと沸き起こった拍手と感謝の言葉に照れながら。

『あこがれの刑事さん』
 ぼくは刑事さんに助けてもらいました、という文で始まる新聞の読者投稿欄を目で追いながら六条成湫は満足げに笑みを深めた。
『刑事さんは悪い人をアッというまにやっつけて、ぼくとお父さんを助けてくれました。すっごく格好よかったです』
 刑事さんは橘行弘さんという名前で、と続く文にアイスティーを差し出した乙彦も楽しげに微笑む。
「これで刑事さんの夢が一つ叶いましたね」
 嬉しそうに新聞を読んでいる成湫の横で、買ったばかりの同じ記事をラミネート加工している乙彦も上機嫌だ。
「ああ、ユキがこんなに可愛い夢を持っていたとはな」
 大成功だ、という成湫と乙彦は行弘の小さな夢を知った時からコツコツと根回しを重ね、こうして今回の結果を得た。
「お父さんとお母さんには三部ずつお送りしろ」
 お兄さんは一部でいいだろう、と言って額に入れた新聞を壁へ掛ける成湫は同じ新聞を買い占める勢いで買ってしまう男だった。
 読む用、観賞用、保存用、予備用、配布用、色々だ。
「警部の家にも送っておけ、ユキの活躍を思い知らせないとな」
 千葉には所持させるな、と言うのは行弘の記事を読ませるのは勿体ないからだろう。まるで邪魔者扱いである。
「ユキ、ユキにも後で読んであげるからね」
 忘れ去られている餌を要求する黒猫に、上機嫌でキスを与える成湫は新聞記事で頭がいっぱいらしい。不機嫌そうに唸って猫は乙彦の足下へ擦り寄った。切り替えの早さが猫らしいと言える。
「ユキが帰って来たら一番に新聞を見せてあげないと!」
 いっそ壁一面に貼って出迎えようか、と悩み始める成湫は根本的に発想自体がストーカーな男だと言える。それは…、と乙彦が言いかけた時、玄関のドアが開いた。あの人が帰って来たのだ。
「おかえりなさい刑事さん、……………新聞、読みましたよ」
 微笑む成湫に、恋人は照れたように笑った。
happy end,Summer!

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