緊急避難的仮設ブログ
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2012年08月12日 (日) | 編集 |
 その素敵なお便りが届いたのは、晴れた休日の午後だった。
「せっかくの休日にすみません、お届け物がありましたので」
 いかにも恐縮そうに頭を下げるのは大家の黒坂乙彦だ。手にした箱は重そうで、部屋まで届けて貰ったほうが恐縮ものだ。
「すみません大家さん、どうぞ上がってください」
 素早く荷物を受け取った瞬間、背後にいた男に箱を奪われてしまったのは橘行弘。休みを満喫する若き警部補である。
「こんなに重いものをユキに持たせるなんて神経を疑うよね」
 その荷物を抱えたまま大家の職務怠慢だと訴え始めるのは、そんな大家に教育された男、裏社会に君臨する六条成湫だった。
「六条、なに馬鹿なこと言ってるんだ、大家さん中へどうぞ」
 ペシッと成湫の頭を叩いて、軽く睨む行弘は、その大胆不敵な行動に固まる乙彦に気付いていない。
「……………実は仕事が忙しくて、申し訳ありません」
 心の底からお邪魔だとわかっていて玄関を上がるのは辛い。
「ユキの美しく寛大な心に感謝して帰れ」
 そそくさと逃げ出す乙彦は、逃げられたことに感謝した。
「六条、中身なんだった?」
 自分の実家からだとわかっているのだろう、冷蔵庫から飲み物を持って来た行弘は当然のように成湫が開けると思っている。
「ユキ宛だよ、ちゃんと本人が開けなくちゃ」
 神妙な表情で言う成湫は、密かに行弘宛の郵便物の一つ一つを開封し、内容を確かめてから大家に渡す男だった。
「おまえ、そういうとこ生真面目だよな」
 感心したように言って段ボールを開けた行弘は、開けた次の瞬間慌てて閉める。人前では出せないものが入っていたからだ。
「ユキ? 何かあった?」
 不思議そうな表情をする成湫は、その中身を自分がオーダーしたものと入れ替えるのを密かな楽しみにしている。ごく稀にそのまま行弘へ渡す時もあるが、今日はその稀な日だった。
「お袋め、またパンツ送ってきやがった」
 恥ずかしいからって言ったのに、と赤くなって憤慨している行弘に成湫は宥めるような丸め込む笑顔だ。
「忙しいユキのためだよ、ちゃんと受け取らなくちゃ」
 いいお母さんだね、と微笑む成湫に、そうだな、と思い直す行弘は操られやすい人間だと言える。
「パンツなんて誰だって穿いてるもんです、平気ですよ」
 むしろ穿いてないほうが恥ずかしい、とサラリと言われては恥ずかしがっているほうが可笑しいのだろう。
「よし、………変なパンツでも笑うなよ?」
 勿体ないから俺は穿く、と妙な宣言をして段ボールを開けた。
「黒猫?」
 中から出てきた白地のブリーフに行弘は首を傾げる。可愛い黒猫の顔が刺繍された行弘の名前がローマ字で入れられていて、黒地に白の糸で刺繍されたものには成湫の名前があった。
「ユキちゃんへ、六条くんと仲良く使ってください、ケンカはしないこと、母より」
 サイズはお兄ちゃんが選びました、お父さんは青、お兄ちゃんは赤、明くんは緑よ、母さんはピンクだけど、という不要な情報に溢れた手紙に行弘は軽い目眩を覚える。どうして自分には白で成湫には黒なんだと問いたくなるのは、いい年をした男のパンツが白のブリーフだなんて嫌すぎるからだ。
「いつもの橘家カラーじゃないですね」
 橘家では家族それぞれ、決まった色で持ち物を分けている。
「刺繍するパンツ自体にカラー展開がなかったんだろう」
 刺繍は母の手製だが、下着自体は既製品だからイレギュラーに色が変わることもあるらしい。
「お母さん、俺の分まで刺繍してくれたんですね」
 嬉しそうな成湫に、まあいっかと思えるのは、文句を言うのは大人げないし、成湫が喜ぶならいいかと思えるからだ。
「ユキ、今日から俺たち、お揃いのパンツだね」
 なんだか照れちゃう、などとニヤニヤしている成湫に行弘は赤くなるだけで言い返す言葉が見つからない。
 そんなの、行弘だって最初に思ったことだからだ。
「見てみてユキ、十枚もあるのに全部猫のポーズが違うよ」
 お母さん職人芸だね、と成湫は感心している。どうでもいいから綺麗な顔して俺が穿くパンツをしげしげ見るなと言いたくなるのは行弘の心が狭いのだろうか。
「ユキにピッタリだね、………似合いそう」
 うっとりと行弘のパンツを長い指でなぞる成湫からは、何かいけないオーラが溢れていた。
「も、もういいだろ、パンツは終了だ、終了!」
 言いながら、二人分のパンツを抱えて洗濯機に放り込む行弘は、それを誰が洗って干して畳むかを考えないらしい。
 日々のパンツさえ、成湫の手によって管理されているのだ。
「最高の浮気防止策だな、………ありがとうお母さん」
 あれだけ恥ずかしがっていれば、人前でパンツを曝すことはないだろうとほくそ笑む成湫の黒さに行弘は気付いていない。
「よし、荷物の続きだ」
 とりあえず洗濯機に隠して満足してる行弘は、今後のパンツ人生が決定したことも知らずに笑っている。
「あ、靴下も黒猫だ、お袋、刺繍にハマってるんだな」
 他の衣類があるなら下着を一番上に入れるのは止めろと思う行弘は、荷札の商品名が「息子のパンツその他」だと知らない。
「………それより、お揃いのパンツを穿いて見ませんか?」
 さり気なく隠し持っていた白と黒のパンツをヒラヒラと軽く靡かせる成湫に、行弘が屈したのは三分後のことだった。
2012.happy summer.

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